別室で一人芝居をしていた、あの新人時代を思い出します
住宅営業のコラムで、商談前に想定問答集を作り、一人芝居のようなシミュレーションを行うという手法を読みました。図面と見積もりができたら、別室で自分が営業役とお客様役を交互に演じ、あらゆる反論を想定して答え方を練習する。この準備によって、実際の商談で出てくる質問の約半分に、事前に対応できるようになったといいます。私はこの話を読んで、営業の力とは、その場のとっさの機転ではなく、事前にどれだけ「起こりうる場面」を想像できたかで決まるのだと、あらためて確信しました。

準備を怠って、答えに詰まった苦い記憶
こう思うのは、私自身の新人時代の失敗があるからです。前職の東日本ハウス時代、茨城県南部の展示場に配属されたばかりの頃、私は商談の準備を、資料を整えることだと思い込んでいました。図面と見積もりを揃えれば準備完了だと考え、お客様が実際にどんな不安を口にするかまでは、ほとんど想像していませんでした。ある商談で、地盤補強の追加費用について聞かれたとき、私はしどろもどろになり、「後日確認してお答えします」としか言えませんでした。お客様の顔に浮かんだ、わずかな不信感を、今でも覚えています。
その夜、先輩に相談すると、「お前は資料の準備はしているけど、会話の準備はしていないだろう」と言われました。そこで初めて、商談前に想定される質問を書き出し、答えを声に出して練習するという方法を教わりました。最初は一人で問答を演じることに、正直かなりの気恥ずかしさがありました。誰もいない会議室で、営業役の自分とお客様役の自分を交互に演じている姿を、もし誰かに見られたらと思うと、なかなか踏み切れなかったのを覚えています。
それでも数回続けるうちに、実際の商談で、以前ならしどろもどろになっていた質問にも、落ち着いて答えられるようになっている自分に気づきました。準備とは、資料を揃えることではなく、起こりうる会話を先に体験しておくことだったのだと、あのとき初めて理解しました。
とはいえ、台本通りに話せばいいわけでもありません
一方で、想定問答集を完璧に作り込み、台本通りに話せばいいというわけでもないと思っています。あまりに準備した通りに話そうとすると、お客様の言葉に耳を傾けるより、自分の用意した答えを言うことに気を取られてしまい、かえって不自然な会話になることがあります。想定問答集は、あくまで「起こりうる場面に慣れておく」ためのものであって、そのまま暗唱するための台本ではありません。台本通りに話そうとする硬さは、お客様にも意外なほど伝わってしまうものです。
私はコミュニティビルダー協会の活動を通じて、想定問答の練習を一人ではなく、必ず二人一組で行っている工務店の話を聞いたことがあります。片方が営業役、もう片方がわざと意地悪な質問をするお客様役を演じ、終わったら役割を交代する。一人で演じるよりも、実際に人から予想外の質問を投げかけられる分、練習の緊張感と実用性が格段に上がるといいます。準備は一人で完結させるより、誰かと一緒に磨き合う方が、実践に近い形になるのだと思います。
その工務店では、ベテランがあえて意地悪な役を買って出ることで、若手が一人では思いつかないような角度からの質問にも慣れていけるそうです。新人の頃の私のように、一人で想定問答集を作るだけでも十分に力はつきますが、そこに他者の視点が加わることで、準備の質はさらに一段階上がるのだと感じます。

あなたの会社は、商談前にどんな準備をしていますか
あなたの会社の営業担当者は、商談前に資料を整える以外の準備を、どれだけしているでしょうか。もし「特にしていない」という担当者が多いようであれば、一度、よく出る質問とその回答を、チームで書き出してみることをお勧めします。過去に商談で答えに詰まった経験を、担当者同士で持ち寄るだけでも、立派な想定問答集の土台になります。
書き出すだけで終わらせず、実際に声に出して練習する時間を、商談前の5分でも作ってみてください。声に出すことで、頭の中では分かっていたはずの答えが、意外とすらすら出てこないことに気づくはずです。この違和感に商談前に気づけるかどうかが、本番での落ち着きを大きく左右します。
経験は、後から積み上げることもできます
とっさの対応力は、経験を重ねなければ身につかないと思われがちです。しかし、想定問答集とシミュレーションという準備は、経験の浅い新人でも、事前に「疑似的な経験」を積むことができる方法です。
あの夜、先輩に言われた「会話の準備をしていない」という一言がなければ、私はもっと長い間、商談の場で立ち往生していたと思います。経験がないことを言い訳にする前に、想像できる範囲で準備をしておくこと。その地道な積み重ねが、若手の営業担当を、着実に育てていくのだと思っています。
今でも、大事な商談の前には、誰にも見られていない場所で、あの頃と同じように一人で問答を演じることがあります。恥ずかしさよりも、その一手間が積み重ねてきた自信の方が、今の私にはずっと大きいのだと感じています。

