値引き前提の見積もりほど信頼は薄くなる

先日、住宅相談の現場に寄せられた声を紹介している記事を読みました。契約直前になって「今月中に契約いただければ、見積もりから600万円お引きします」と言われたお客様が、「では最初の金額は何だったのか」と不信感を抱いた、という内容でした。

正直に言うと、私はこの手の値引きトークを、営業の実力不足の裏返しだと思っています。値引きそのものが悪いのではありません。値引きを「最後の決め手」として温存しておくやり方こそが、お客様の信頼を静かに削っていくのだと感じています。

住宅は、多くの方にとって人生で一番大きな買い物です。その一番大きな買い物の見積もりに、最初から交渉の余地を織り込んでおくということは、言い換えれば「あなたには本当の金額を最初には見せません」と宣言しているのと同じだと思うのです。お客様の側からすれば、これほど不安なことはありません。

最初の数字に、会社の本気度が出る

私は前職のハウスメーカー時代、住宅展示場で、数え切れないほどの見積もりをつくってきました。当時の上司からよく言われたのは、「最初の見積もりには、少し”のりしろ”を残しておけ」ということです。

契約を渋られた場面で「では特別に」と値引きを切れるように、あらかじめ数字を高めに出しておく。当時の私はそれを疑いもせず、言われるままにのりしろを乗せた見積もりを何枚も出していました。

けれど、あるお客様に言われた一言が今も残っています。「最初からその金額を出してくれていたら、もっと早く決められたのに」。契約はいただけましたが、その一言で、自分がやっていたことの意味に気づかされました。のりしろとは、お客様を待たせている時間そのものだったのです。

当時の展示場は、近隣に競合の大手ハウスメーカーや地場工務店の拠点が何棟も並ぶ、まさに競争の最前線でした。どこの営業も似たような「特別値引き」のカードを切り札として持っていて、お客様は数社を回るうちに、その手口を見抜いていきます。値引きの大きさで競うことは、結局のところ、どの会社も同じ土俵で消耗し続けることでしかなかったと、今振り返ると分かります。

それでも、値引きが悪いとは言い切れない

とはいえ、値引き自体を全面的に否定するつもりはありません。仕様変更で浮いたコストをそのままお客様に還元する、決算期に在庫を抱えた建材を活用してもらう、といった値引きは、むしろ誠実な情報開示の一つだと思います。

問題は、値引きの理由を説明できるかどうかだと考えています。「なぜ今、この金額を下げられるのか」を担当者が自分の言葉で説明できるなら、それは駆け引きではなく透明性です。逆に理由を説明できないまま「今だけ」「特別に」を繰り返すなら、それはお客様の決断を焦らせる材料でしかありません。

コミュニティビルダー協会の活動で全国の工務店の方とお話しする機会がありますが、値引き交渉に自信を持って応じられる会社ほど、普段から見積もりの根拠——木材の産地や施工手間の内訳——を丁寧に説明する習慣を持っている、と感じます。逆に、その場しのぎの値引きに頼る会社ほど、根拠を聞かれると言葉が詰まる印象があります。

以前、ある地方工務店の社長からこんな話を聞いたことがあります。その会社では、見積書の各項目に「この金額の根拠」という欄をあえて設け、担当者がその場で説明できない項目は掲載しない、というルールを徹底しているそうです。手間はかかるが、契約後のクレームが目に見えて減ったと話していました。値引きの有無以前に、数字そのものに向き合う姿勢が問われているのだと思います。

御社の見積もりは、駆け引きの材料になっていませんか

もし今、御社の見積もりに「のりしろ」が乗っているなら、一度立ち止まって考えてみてほしいと思います。それは本当に、原価と適正利益を積み上げた結果の数字でしょうか。それとも、契約を後押しするための余白でしょうか。

お客様は、思っている以上に見積もりの「温度」を見ています。最初の一枚に迷いや駆け引きの匂いがあれば、その後どれだけ丁寧に接客を重ねても、どこかで疑いは残ってしまうものです。逆に、最初の一枚に迷いがなければ、多少の交渉があっても信頼は揺らぎません。

見積もりを提示するタイミングについても、同じことが言えると思います。初回接客でお客様に急かされるまま概算を出してしまうと、後になって数字の前提条件がずれ、結局は「最初と話が違う」という不信につながりやすいものです。焦って数字を出すより、条件をきちんとすり合わせてから本気の一枚を出す方が、遠回りに見えて実は近道なのではないでしょうか。

まとめ

値引きは、営業の武器にもなれば、信頼を壊す刃にもなります。その分かれ目は、金額の大きさではなく、理由を語れるかどうかにあるのだと思っています。

最初の見積もりに、駆け引きを混ぜない。それだけのことが、実は一番難しく、一番効くのではないでしょうか。私自身、あの日のお客様の一言を、今も営業の原点として覚えています。

この記事を書いた人

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浄法寺 亘

福島県 喜多方市出身。県立会津高校、市立高崎経済大学卒。工務店の社会貢献やSDGs、国産材利活用を応援する「コミュニティビルダー協会」代表理事。現在動いているプロジェクトは「木ッズ絵画コンクール」。住宅情報サイト「ハウジングバザール」の運営にも携わっている。

1996年
東日本ハウス株式会社に入社

2009年
ジーレックスジャパン株式会社設立に加わる
住環境サイト『ハウジングバザール』運営担当

2016年
一般社団法人コミュニティビルダー協会理事就任
国産材利用とSDGsを応援 内閣府BEYOND2020認定団体 外務省SDGsマーク使用許可団体

講演履歴
住宅FC様研修・環境情報センター
工務店支援EXPO(於:東京ビックサイト)
鹿児島県庁「緑の工務店研修会」
ほか多数

著書:
頼みたくなる住宅営業になれる本
SDGsに取り組もう 建築業界編