会社の公式アカウントより、担当者個人の言葉の方が伝わることがあります
住宅営業担当者は、会社のSNSではなく、個人のアカウントで発信すべきだというコラムを読みました。Instagramが建物写真で飽和状態にある中、文章中心のSNSは、その人の人間性や考え方をそのまま映し出す。フォロワーがゼロでも、誠実な発信を続けていれば契約につながるケースがある、という内容でした。私はこの話を読んで、集客の議論はどうしても「会社としてどう発信するか」に偏りがちですが、本当に響くのは「一人の担当者として何を語るか」の方だと、あらためて確信しました。

会社の言葉しか持っていなかった、あの頃の私
こう思うのは、私自身の前職での経験があるからです。東日本ハウス時代、茨城県南部の展示場で接客していた頃、お客様に渡す資料はすべて会社が用意したパンフレットとトークスクリプトでした。当時はSNSという概念すらありませんでしたが、私が発していた言葉は、ほとんどが会社の言葉の受け売りでした。性能の数値も、保証の内容も、正しく説明できてはいましたが、そこに私自身の考えや実感はほとんど乗っていなかったと思います。
ある時、契約直前まで進んでいたお客様が、最後に他社に決めてしまったことがありました。理由を尋ねると、「担当してくれた方が、自分の子どもが生まれたときの家づくりの話を、資料には載っていない言葉で話してくれた。それが決め手になった」と教えてくれました。同じ性能、同じ価格帯の家であっても、最後にお客様の心を動かしたのは、会社の言葉ではなく、担当者個人の言葉だったのです。あのとき私は、自分がいかに「会社の代弁者」としてしか話せていなかったかを、思い知らされました。
悔しさ以上に印象に残っているのは、その他社の担当者が、決して話術に長けた人物ではなかったという点です。むしろ口下手な方だったと、後から聞きました。それでも、たった一つの自分の体験談が、私の完璧なはずの説明よりも強く響いた。この出来事は、営業の力とは流暢さではなく、どれだけ自分の言葉で語れるかにあるのだと、若い頃の私に教えてくれた出来事でした。
とはいえ、個人の発信だけに頼るのも危ういと思います
一方で、会社としての発信をやめて、個人の発信だけに切り替えればいいとも思いません。会社の公式アカウントには、実績や施工事例といった、個人では伝えきれない信頼材料を積み上げる役割があります。個人の発信が担当者の「人となり」を伝えるものだとすれば、会社の発信は「実績と裏付け」を伝えるものです。どちらか一方だけでは、お客様が知りたい情報の半分しか届きません。
私はコミュニティビルダー協会の活動を通じて、社長自らが個人のSNSで、失敗談も含めた等身大の発信を続けている工務店の話を聞いたことがあります。最初は社内からも「会社の体裁が心配だ」という声があったそうですが、続けるうちに、その正直さに共感するお客様が徐々に増えていったといいます。その会社では、会社の公式アカウントで実績を、社長個人のアカウントで人柄を、役割分担して発信していました。フォロワー数は決して多くありませんが、問い合わせの多くが「あの投稿を読んで気になった」というきっかけで来ているそうです。会社の看板と、個人の顔。この二つをどう組み合わせるかが、これからの集客の鍵になるのではないかと私は思っています。
大切なのは、個人の発信を会社が禁止するのではなく、むしろ後押しする空気をつくることだと思います。失敗談や弱さをのぞかせる発信は、会社としては勇気のいる判断かもしれません。しかし、その正直さこそが、飾られた広告よりもずっと長く記憶に残るのだと、私は感じています。

あなたの会社の営業担当は、自分の言葉を持っていますか
あなたの会社の営業担当者は、会社のトークスクリプトを離れて、自分自身の体験や考えを、お客様に語れているでしょうか。もし全員が同じ説明しかできていないとしたら、一度、営業担当それぞれに「なぜこの仕事をしているのか」「印象に残っているお客様とのエピソード」を、短い文章にしてもらうことをお勧めします。
それをそのままSNSに投稿する必要はありません。ただ、自分の言葉を一度でも文章にしてみる経験が、接客の場での話し方にも、静かに変化をもたらすはずです。書いてみて初めて、自分が普段どれだけ会社の言葉を借りて話していたかに気づく担当者も、きっと少なくないはずです。
会社の代弁者ではなく、一人の語り手でありたい
会社の言葉を正確に伝えることは、営業担当として大切な基本です。ただ、それだけでは、お客様の記憶には残りません。あのとき私が失注したお客様が教えてくれたのは、資料に載っていない言葉こそが、最後の決め手になるということでした。
今もし、あの頃の自分に会えるなら、パンフレットを一度置いて、自分の言葉で家づくりへの思いを語ってみてほしいと伝えたいと思います。会社の代弁者である前に、一人の語り手であること。それを忘れずにいたいと、私は思っています。
あのとき失注したお客様の家が、今どんな暮らしを見せているのか、私は知る術がありません。ただ、その担当者が語った何気ない一言が、今も誰かの記憶の中で生き続けているのだとしたら、それこそが言葉の持つ本当の力なのだと思います。

