赤字は資材価格のせいだけではない
三重県で住宅会社を営んでいた、ある工務店が今年、事業を停止しました。従業員5人という小さな会社ですが、負債額は1億6千万円ほどだったと報じられています。記事には「資材価格の高騰による赤字決算が続いた」とありましたが、私はこの説明を額面通りには受け取っていません。資材が高くなったのは、この会社だけの事情ではなく、業界全体に共通する事実だからです。同じ逆風の中でも、粗利をきちんと確保して生き残っている工務店がある以上、本当の原因は、値上がりそのものではなく、値上がりへの向き合い方にあると、私は考えています。

原価は現場で作られてから、決算書で初めて分かるものになっていないか
報道によれば、この会社の売上高は、かつての2億9千万円台から、直近では1億1千万円台まで落ち込んでいたそうです。売上が半分以下になるまでの間、経営者は何を見ていたのだろうかと、私はどうしても考えてしまいます。契約の一件一件は、決して急に赤字になったわけではないはずです。資材が少しずつ上がり、粗利が少しずつ削られ、それが積み重なって、決算という形で初めて数字が突きつけられる。順番としては、そうだったのではないでしょうか。
私自身、前職の東日本ハウス時代、茨城県南部、牛久市や竜ヶ崎市エリアの住宅展示場で営業をしていた頃、契約時にお客様へ提示する金額と、実際に現場で発生する原価との間に、思っていた以上の距離があることを痛感した経験があります。見積書の数字をお客様に丁寧に説明することはできても、その数字が最終的にいくらの利益を会社に残すのかを、契約の時点で正確に把握していたかと言えば、正直、怪しかったと思います。原価を細かく管理するのは営業ではなく、積算や工事の部署の仕事だと、どこかで線を引いていたからです。契約を取ってくることが自分の仕事で、原価が合っているかどうかは、後から誰かが教えてくれるものだという感覚が、当時の私にはありました。
利益率が悪化しているのに、その兆候を経営者自身が契約の時点で把握できていない会社は、決して少なくないはずです。資材価格が上がったこと自体は、経営者の責任ではありません。ただ、その値上がりを一件ごとの見積もりにきちんと反映できる仕組みを、契約の前に持っていたかどうかは、経営の責任だと私は思います。値上がりを言い訳にできるのは、値上がりに対して先に手を打った会社だけだと、私は考えています。
標準化を徹底しすぎると、今度は現場の柔軟さを失う
とはいえ、私は「すべての見積もりを本部で厳格にチェックする体制を整えるべきだ」と、単純に言い切るつもりもありません。属人化を減らし、原価確認の工程を標準化することで、打ち合わせ回数や失注率が改善したという報告も出ています。ただ、チェックの工程を増やしすぎると、今度はお客様を待たせる時間が長くなり、地域工務店の強みであるはずの機動力や、お客様との距離の近さを失ってしまう危険もあります。すべてを本部の承認待ちにしてしまえば、現場の担当者は自分の頭で考えることをやめてしまうかもしれません。
標準化とスピード、このふたつは常に綱引きの関係にあると、私は思っています。大切なのは、全件を本部承認にすることではなく、原価が大きくぶれやすい項目――例えば構造材や設備機器など、価格変動の激しい部材――だけを絞り込んで、契約前に必ず確認する習慣をつけることではないでしょうか。全部を杓子定規にルール化しようとすると、現場は疲弊し、結局は形だけのチェックリストになってしまいます。何を標準化し、何を現場の裁量に残すか、その線引きこそが経営者の腕の見せどころだと、私は考えています。

あなたの会社は、原価をいつ知りますか
契約のときですか。それとも、現場が動き出してからでしょうか。あるいは、決算書を締めてから、初めて知るのでしょうか。この質問にすぐ答えられない会社ほど、資材価格の変動という「外的要因」を、赤字の言い訳にしてしまいやすいのではないかと、私は感じています。逆に、この質問に即答できる社長は、値上がりのニュースを見ても、慌てて値引きを重ねるようなことをしません。自社の利益がどこで生まれ、どこで削られているのかを、すでに把握しているからです。
私はコミュニティビルダー協会の活動の中で、原価を誰よりも早く、契約前に自分の言葉で説明できる社長ほど、資材高騰の波をしなやかに乗り越えているのを見てきました。逆に、原価の話を「うちは職人任せだから」「そこは経理がやることだから」と手放してしまっている経営者ほど、値上がりのたびに一喜一憂しているようにも見えます。値上げの波は、これからも何度でもやってきます。そのたびに慌てて決算書を開くのではなく、契約書にサインをもらう前から、自社の利益がどこに、どれだけ残るのかを言い切れる会社であってほしいと、私は思っています。

