世界史に学ぶ 諦めない心パートⅡ

以前投稿した「世界史に学ぶ 諦めない心パートⅠ」の続きになります。

世界史のトホホな人たちの中でも、ベスト・オブ・トホホといえば

『皇帝(王)なのに敵の捕虜になってしまった!』

何人かだと思います。

そんな人たちだからこそ人生の参考になる場合もありますので

引き続きご紹介したいと思います。

4.フランス王ジャン2世

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…1350年、フランス・ヴァロワ朝の第2代国王として即位。

当時のフランスは英仏百年戦争に入っていましたが、ペストの流行で両国とも

『それどころじゃない』

という状態でした。この14世紀のペストの流行は中国で始まって

中国の人口を半減させ、中央アジアの毛皮についていたノミに乗って北イタリアに上陸し

北イタリアをほぼ全滅させ、1348年にはヨーロッパ中心部に到達、最終的には

推定で当時のヨーロッパの1/3から2/3の2,000万~3,000万人が死亡しています。

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というわけで両国の間に恒久的な和平条約が結ばれようとしていたのですが…

話し合いがこじれて喧嘩別れ

してしまいます。怒ったイングランドは1355年、フランスに上陸して

”騎行”という名の略奪

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エドワード黒太子

をはじめます。

さすがに見ぬふりも出来ないのでジャン2世もスコットランド・神聖ローマ帝国を巻き込んで

イングランド軍の討伐に向かいます。

 

この時点でイングランド軍約8,000対フランス軍約15,000

倍の数ですからまともにぶつかればフランスが勝ちますね。

イングランド軍は戦上手と名高いエドワード黒太子(ブラックプリンス)が

大将でしたが、まだ根城を確保できていない状態。雨で行軍もままならないものですから

フランス軍に追いつかれてしまいました。

 

というわけで決戦【ポワティエの戦い】です。ちなみに数年前にクレシーの戦いで

フランス軍はイングランドの長弓隊に騎馬突撃して大敗しています。

それに懲りたのか石弓部隊を編成してます。

しかしなぜ、長弓に射程距離に劣る石弓を使ったのか…分かりません。

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イングランド軍のエドワードは両側を障害物に囲まれた土地に布陣します。

つまり、フランスの騎兵の機動範囲を制限したわけです。

しかも、別働隊(騎兵)をひそかに回り込ませていました。

とは言っても倍の兵力差、落ち着いて戦えば・・・

しかし、ジャン2世はやってしまいました騎馬突撃を。

 

数に勝るフランス軍ふたたび大敗…。

 

敗因はいくつもあるのですが負けただけでなく、なんと

 

国王ジャン2世が捕虜になってしまいました。

 

さて本題ですが、この後ジャン2世およびフランスはどうなったか?

 

フランスは身代金として現在のお金で3000億円くらいを請求されます。

しかし、これは当時のフランスからすると国家予算の約2倍というもの。

新しい税金をもうけたりしましたが、当然まかないきれません。

しかも、国王の身代わりで人質になった息子のアンジュー公ルイが

イングランドから勝手に逃亡してしまいました。

そこでジャン2世はどうしたか?

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みずからイングランドに出向いて再び捕虜になり、そのまま死を迎えました。

 

これは当時の人からも「お人好し過ぎるだろう!」と思われたらしく

亡くなった後に「善良公」というあだながついています。

 

どうやらジャン2世は「騎士道」を大事にしていたらしく

「弓は卑怯な武器」

「正々堂々」

というようなことが頭にあったんでしょうね。

それに、長弓隊などを認めてしまうと平民でも戦いで活躍できてしまうので

「戦いは騎士階級のもの」

もっというと

「平民の権利を抑える」

ことが出来なくなってしまいます。

封建制度の基盤が崩れかけてしまう、というのもあったと思います

 

ただ、ジャン2世の後を継いだシャルル5世はこれを機に

新しい税金をいくつか設けて、税制改革に成功。しかも

身代金の支払いはそこそこにして、残りのお金を王室の強化に使いました。

これにより

・常備軍

・官僚制度

といった後の絶対王政の基盤を他国にさきがけて作り出しました。

結果としてヴァロワ朝フランスは国内での力を強化することが出来たわけで

ジャン2世が捕虜になったことはある意味とても役に立ったわけです。

禍福はあざなえる縄の如しといいますか

 

ピンチはチャンス!

一見ものすごいピンチでも

チャンスに変えることができることもある

 

という教訓が浮かびますよね。

なお、シャルル5世はその後、百年戦争を優位に進め「賢王」と

呼ばれることになりました。

 

 

記事 コミュニティビルダー協会理事 浄法寺

この記事を書いた人

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浄法寺 亘

福島県 喜多方市出身。県立会津高校、市立高崎経済大学卒。工務店の社会貢献やSDGs、国産材利活用を応援する「コミュニティビルダー協会」代表理事。現在動いているプロジェクトは「木ッズ絵画コンクール」。住宅情報サイト「ハウジングバザール」の運営にも携わっている。

1996年
東日本ハウス株式会社に入社

2009年
ジーレックスジャパン株式会社設立に加わる
住環境サイト『ハウジングバザール』運営担当

2016年
一般社団法人コミュニティビルダー協会理事就任
国産材利用とSDGsを応援 内閣府BEYOND2020認定団体 外務省SDGsマーク使用許可団体

講演履歴
住宅FC様研修・環境情報センター
工務店支援EXPO(於:東京ビックサイト)
鹿児島県庁「緑の工務店研修会」
ほか多数

著書:
頼みたくなる住宅営業になれる本
SDGsに取り組もう 建築業界編