夜8時の電話に、どう応えるかで見えてしまうもの

先日、ある地域工務店の営業マンが、大手ハウスメーカー2社との競合に勝った、という話を読みました。決め手は特別なプランでも値引きでもなく、「レスポンスの速さ」だったそうです。お客様から「他社と比べて圧倒的に早かった」と直接言われたというのですから、興味深い話です。ただ、私はこの話を読んで、少し違うことを考えました。速さそのものが武器なのではなく、「後回しにしない」という姿勢が、結果として速さという形で表れているだけなのではないか。私はそう考えています。

牛久市で学んだ、後回しにしないという選択

こう思うのは、私自身の前職での経験があるからです。東日本ハウス時代、茨城県南部の牛久市や竜ヶ崎市のエリアで住宅展示場の営業をしていた頃、お客様からの細かい要望の電話は、決まって夕方から夜にかけてかかってきました。仕事を終えたご主人が帰宅し、奥様と話し合った結果、思いついたことを電話してくる、というパターンです。「収納の位置を少し変えられないか」「洗面台の高さを見直したい」といった、決して大きな変更ではないけれど、お客様にとっては眠れないほど気になっていることばかりでした。

正直に言うと、当時の私は、そうした電話を翌日以降に回すことも珍しくありませんでした。夜の電話は業務時間外だから、明日でいいだろう、と。ところがあるとき、先輩社員が、夜8時にかかってきた図面修正の依頼に対して、その晩のうちに事務所に戻って手直しをし、翌朝10時には変更後のプランを持ってお客様のもとへ向かった、という場面を見たことがあります。お客様の奥様が、玄関先でその図面を受け取って、少し驚いたような、それでいてほっとしたような表情を浮かべていたのを、今でも覚えています。あのとき私が学んだのは、対応の速さそのものよりも、「この要望を後回しにしなかった」という事実が、お客様にとって何よりの安心材料になる、ということでした。

同じ地域で競合していた大手ハウスメーカーの担当者は、決して仕事が雑なわけではありませんでしたが、社内の稟議や図面部門とのやり取りに時間がかかる仕組みになっていて、細かい変更の返答には数日を要するのが当たり前でした。お客様からすれば、どちらの会社も同じくらい丁寧に接客してくれる。だとすれば、最後に決め手になるのは、小さな要望にどれだけ早く応えてくれるか、という体感でしかなかったのだと思います。契約書の条件や仕様の差ではなく、電話を切ってから次に連絡が来るまでの数時間、あるいは数日という時間の長さこそが、お客様の中で会社への信頼度を左右していたのです。

とはいえ、速さだけを追いかけると、かえって危うくなる

一方で、速さだけを目的化するのは危険だとも思っています。返信が早ければ早いほどよい、という単純な話にしてしまうと、お客様にとってはかえって「急かされている」と感じる場面も出てきます。契約を急がせるための速さと、要望に応えるための速さは、似ているようでまったく別のものです。前者はお客様の都合よりも自社の都合を優先した速さであり、後者はお客様の不安を長引かせないための速さです。

私が見てきた中で速さを武器にできていた営業担当は、決して焦って動いていたわけではありませんでした。むしろ、日頃から図面のフォーマットを整えておく、よくある変更パターンをあらかじめ想定しておく、といった地道な準備があったからこそ、いざという時に翌朝には形にできたのだと思います。速さとは、瞬発力ではなく、日々の準備の蓄積が生み出す結果なのだと、私は考えています。

あなたの会社は、問い合わせから返信までの時間を把握していますか

あなたの会社では、お客様からの問い合わせや要望に対して、実際にどれくらいの時間で最初の反応を返せているか、数字として把握しているでしょうか。感覚的には「うちは早いほうだ」と思っていても、実際に計測してみると、担当者によって、あるいは案件の内容によって、思いのほかばらつきがあることが少なくありません。

一度、社内で「要望をもらってから最初に何らかの反応(電話一本でも構いません)を返すまでの時間」を、1か月だけ記録してみることをお勧めします。完璧な回答である必要はありません。「承知しました、明日中にお答えします」という一言だけでも、お客様の安心感はまったく違ってくるはずです。速さを競うためではなく、後回しにしていないことをお客様に伝えるための、小さな習慣づくりです。

記録をつけてみると、担当者ごとの違いだけでなく、案件の内容によって対応が遅れがちなパターンが見えてくることもあります。例えば「仕様変更の依頼は早いが、金額に関わる質問は営業だけで判断できず後回しになりやすい」といった傾向です。こうした偏りは、感覚だけで振り返っていては気づけません。数字にして初めて、どこに手を打つべきかが見えてくるものだと思います。

速さの裏側にあるものを、忘れずにいたい

私はコミュニティビルダー協会の活動を通じて、地域の工務店を数多く見てきましたが、大手に対抗できている会社ほど、決まって「小さな要望を後回しにしない」文化を持っていると感じます。それは特別な仕組みではなく、日々の小さな判断の積み重ねです。

夜8時の電話に、その晩のうちに動くか、翌朝に回すか。その選択の差は、契約率の数字には表れにくいものですが、お客様の記憶には、思いのほか長く残るものだと思います。私自身、あの夜の先輩の後ろ姿を、今も忘れずにいます。

この記事を書いた人

プロフィール画像

浄法寺 亘

福島県 喜多方市出身。県立会津高校、市立高崎経済大学卒。工務店の社会貢献やSDGs、国産材利活用を応援する「コミュニティビルダー協会」代表理事。現在動いているプロジェクトは「木ッズ絵画コンクール」。住宅情報サイト「ハウジングバザール」の運営にも携わっている。

1996年
東日本ハウス株式会社に入社

2009年
ジーレックスジャパン株式会社設立に加わる
住環境サイト『ハウジングバザール』運営担当

2016年
一般社団法人コミュニティビルダー協会理事就任
国産材利用とSDGsを応援 内閣府BEYOND2020認定団体 外務省SDGsマーク使用許可団体

講演履歴
住宅FC様研修・環境情報センター
工務店支援EXPO(於:東京ビックサイト)
鹿児島県庁「緑の工務店研修会」
ほか多数

著書:
頼みたくなる住宅営業になれる本
SDGsに取り組もう 建築業界編